2023年10月24日

超伝導になる電子のカタチが見えた!
量子ビームで描く次世代材料の設計図

【お読みいただく前に】

電気抵抗がゼロになる超伝導体は、電力の損失を減らしエネルギー問題を解決する材料や量子コンピュータ実現に必要な材料としてなど高い注目を集め、研究が進んでいます。実用化に向けては超伝導になる電子の空間分布の解明が重要です。ところが、超伝導になるとともに電子の“みかけ”の質量が重くなる特殊な超伝導体である希土類Ce化合物超伝導体※1においては、電子の空間分布の直接観測は、これまで極めて困難であることが知られていました。

【研究成果のポイント】

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科 藤原秀紀助教、中谷泰博さん(当時大学院生)、関山明教授の研究グループは、日本原子力研究開発機構 斎藤祐児 研究主幹、静岡大学 海老原孝雄教授、立命館大学 今田真 教授、甲南大学 山﨑篤志教授、摂南大学 東谷篤志准教授、広島大学 田中新准教授、および理化学研究所 玉作賢治チームリーダーなどとの大型放射光施設SPring-8※2のBL19LXU, BL23SU, BL27SUにおける共同研究により、希土類Ce化合物CeNi2Ge2の超伝導状態を形成する“電子のカタチ”ともいえる、実空間における電荷分布を、高輝度放射光により直接捉えることに世界で初めて成功しました。

今回、藤原助教らの研究グループは、高輝度放射光による硬X線光電子分光※3X線吸収分光※4直線偏光依存性※5を測定することにより、超伝導状態の主役であるCeNi2Ge2のCe 4f電子の電荷分布の方向依存性を精密に決定することに成功しました。この手法を用いることで超伝導体の系統的な材料探索に道が開かれ、Society 5.0の実現に向けた次世代材料研究の加速が大いに期待できます。

本研究成果は、アメリカ物理学会の「Physical Review B」誌のEditors’ suggestionに選定され、10月13日(金)23時(日本時間)に公開されました。

図1 希土類超伝導体CeNi2Ge2のCe 4f電荷分布(a)と結晶c軸方向から見たCe 4f電子の軌道方向(b)、および硬X線光電子線二色性スペクトル(c)

研究の背景

これまで、超伝導体の希土類4f電荷分布を明らかにすることは超伝導研究を進める上でも必要不可欠であることが知られていました。しかしながら、超伝導を引き起こす電子の電荷分布を実験から直接決定することは極めて困難でした。

藤原秀紀助教らの研究グループでは、外部光電効果により試料から飛び出す光電子のエネルギーを分析する硬X線光電子分光、およびX線吸収分光に、放射光の偏光可変特性を組み合わせた新たな研究手法を開発し、極低温で超伝導を示す希土類Ce化合物CeNi2Ge2のCe4f電子軌道の方向依存性の可視化に成功しました。これにより、Ce4f電子の電荷分布は結晶中のGeに向かって伸びていることが明らかとなり、Geサイトを制御することにより超伝導の性質を制御できる可能性があります。これまでCeNi2Ge2におけるCe4f電子状態の異方性は議論されていましたが、その起源となる電荷分布の直接観測には至っていませんでした。本研究結果はCeNi2Ge2におけるCe4f電荷分布が超伝導の発現に重要な役割を示す実験的な証拠です。

さらに、角度分解光電子分光※6により電子の運動状態を示すバンド構造を測定することにより、方向依存性をもつCe 4f電荷分布が、結晶中のGeイオンの原子軌道によるバンドとよく結合することが明らかになりました。電子軌道の“カタチを見る”ことにより、物質の性質を制御するための“設計図”を作ることができるようになったわけです。これらは新しい超伝導材料等の物質設計や探索に貢献する技術として期待され、Society 5.0実現に向けた次世代材料開発研究に貢献します。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、新しい超伝導物質の設計指針が明確になったため、超伝導材料研究が加速することが期待されます。また、将来の次世代材料開発への応用も期待でき、持続可能な社会の実現に貢献することができます。

特記事項

本研究成果は、2023年10月13日(金)23時(日本時間)にアメリカ物理学会の「Physical Review B」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Impact of the ground-state 4f symmetry for anisotropic cf hybridization in the heavy-fermion superconductor CeNi2Ge2

著者名:H. Fujiwara, Y. Nakatani, H. Aratani, Y. Kanai-Nakata , K. Yamagami, S. Hamamoto, T. Kiss, A. Yamasaki, A. Higashiya, S. Imada, A. Tanaka, K. Tamasaku, M. Yabashi, T. Ishikawa, A. Yasui, H. Yamagami, J. Miyawaki, A. Miyake , T. Ebihara, Y. Saitoh, and A. Sekiyama

URL: https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.108.165121

なお、本研究は、JSPS科研費学術変革領域A「アシンメトリが彩る量子物質の可視化・設計・創出」(JP23H04867)、JSPS科研費(JP16H04014, JP18K03512, JP18K03537, JP20K20900, JP20H05271, JP22K03527, JP20102003, JP16H01074, JP18H04317)、および大阪大学先導的学際研究機構スピン学際研究部門の補助を受けて行われました。

SDGs目標

参考URL

藤原秀紀 助教 研究者総覧URL  http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/ja/c1925b17fa6f4615.html

用語説明

※1 希土類Ce化合物超伝導体

希土類元素であるCeを含む化合物は、Ceイオンの内側の4f軌道に主に束縛されているCe 4f電子が電気伝導を担う電子と僅かに結合することで、CeNi2Ge2のように低温で超伝導を示す物質や、磁気秩序を示す物質等、多様な性質を示す物質が多数存在することで知られています。Ce 4f電子の局在的な性質上、電子の分布に方向依存性があることは、これまであまり議論されませんでした。本研究ではCe 4f電子軌道のカタチが超伝導の起源を調べる上で非常に重要な役割を示すことが明らかになりました。

※2 大型放射光施設SPring-8

SPring-8(Super Photon ring-8 GeV)は、兵庫県播磨科学公園都市にある理化学研究所の大型放射光施設である。世界最高性能の放射光を生み出すことができ、固体物理、素粒子実験等の基礎科学研究から、バイオ、ナノテクノロジーといった応用研究にまで幅広い研究が行われています。放射光とは、電子を相対論的速度(光速とほぼ同じ速度)まで加速し、磁石により進行方向が曲げられる際に生じる指向性の強い強力なX線を含む電磁波のことを示します。

※3 硬X線光電子分光

アインシュタインの光量子仮説に基づく外部光電効果を利用して、物質に高いエネルギーの硬X線を照射した際に物質外に飛び出す電子のエネルギーを分析する実験手法。物質の電子の状態を調べる方法として広く用いられている。電子を取り出してエネルギー分析するため、物質中の電子の状態を直接分析することができます。近年、産業利用にも急速に広がりつつある手法です。

※4 X線吸収分光

物質にX線を入射するとX線が吸収される現象を利用して、物質の電子の状態を調べる分析手法。吸収係数は電子が詰まっていない状態の電子構造を反映するため、光電子分光と組み合わせて分析することで物質中の電子のエネルギー構造を詳細に調べることができます。

※5 直線偏光依存性

物質に水平方向、垂直方向に電場が振動する直線偏光をもつ光を照射すると、電荷分布を反映して光電子の飛び出しやすさ、吸収係数などの観測量に水平、垂直方向に差が生まれる現象である線二色性のことを指します。

※6 角度分解光電子分光

外部光電効果により物質か飛び出した電子のエネルギーに加え、物質から飛び出した際の角度を精密に分析することにより、電子の運動量を調べる分析手法。これにより、物質中の電子の運動状態を示すバンド構造を調べることができます。

[共同研究における各研究機関の役割]

大阪大学:実験手法開発、硬X線光電子分光測定、軟X線吸収分光測定、軟X線角度分解光電子分光測定、データ解析、第一原理計算、イオン模型計算、論文作成

日本原子力研究開発機構:軟X線吸収分光測定、軟X線角度分解光電子分光測定、第一原理計算、論文作成

理化学研究所:高輝度放射光X線ビームライン、X線光学系開発

静岡大学:高純度単結晶試料作成、作成試料評価

立命館大学、甲南大学、摂南大学:実験手法開発、硬X線光電子分光測定

広島大学:イオン模型計算

参考部門・拠点:物質科学研究センター
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